第6章秋:予算編成方針と予算要求
予算要求書の書き方と積算のコツ|予算編成方針・枠配分・シーリング
予算要求書の書き方と積算の実務をわかりやすく解説。予算編成方針の読み方、一件査定方式と枠配分方式、マイナスシーリング、要求書に書く目的・必要性・効果・後年度負担、単価・数量・参考見積書の取り方、初めての予算要求でつまずくポイントがわかります。
この章の要点
- 6-1予算編成方針は、首長のメッセージ、中期財政見通し、重点施策、要求基準、日程を示す文書で、秋の予算要求のルールブックです。
- 6-2一件査定方式(財政課が1件ずつ審査)と枠配分方式(部局に一般財源の枠を配る)を組み合わせる自治体が多く見られます。
- 6-3シーリングは要求額の上限で、一般財源ベースで設定される例が多く、ゼロシーリング(±0%)やマイナスシーリングがあります。
- 6-4予算要求書は、目的・必要性・積算・財源内訳・成果指標・後年度負担を、根拠と数字で示します。
- 6-5積算は単価×数量で行い、見積は2〜3社から取る例が多く、随意契約の基準額(令和7年4月改正)も意識します。
- 6-6要求は課内調整・部内調整(部長ヒアリング)で優先順位を付けてから財政課に提出します。
- 6-7新人のつまずきは前年踏襲・根拠不足・補助率の誤り・後年度負担の欠落で、対策は1枚メモと過去の査定結果の確認です。
- 6-8民間事業者は、秋の参考見積と、春から夏の情報提供が翌年度の事業に反映される時期です。
6-1予算編成方針の通知 ― 首長のメッセージと中期財政見通し#
Q予算編成方針には何が書かれていますか?
予算編成方針とは、首長が全庁に向けて「来年度の予算をどのような考え方と、どのようなルールで作るか」を示す文書です。多くの自治体では9月下旬〜10月上旬に通知され、財政課の説明会を経て本格的な予算編成作業が始まります。
公表されている各地の予算編成方針を見ると、構成はおおむね次の5つで共通しています。
- 外部環境:国の経済見通しと、総務省が8月に示す「翌年度の地方財政の課題」(地方財政収支の仮試算)
- 自団体の財政状況と中期財政見通し:現行事業を続けた場合に何年度にいくら財源が不足するか
- 重点施策:総合計画などに基づき、来年度に予算を優先配分する分野
- 要求基準:経費区分ごとの要求上限(シーリング)、新規事業や拡充事業の扱い
- 留意事項と日程:歳入・歳出の費目ごとの見積りの注意点、要求締切、ヒアリングと査定の日程
例えば、滋賀県日野町の「令和8年度(2026年度)予算編成方針」は、国の経済動向、地方財政の仮試算、町の令和6年度決算(経常収支比率93.5%)、重点施策を説明したうえで、基本方針を定めています。基本方針には「補正を前提としたもの、事業内容があいまいなものは見積もらない」とあり、あわせて示す「予算編成事務における留意事項等」には、新規事業・拡充事業は「既存事業の廃止・縮小による一般財源の確保を前提とすること」とあります。さらに、財務会計システムの入力期限(令和7年11月7日)、財政担当ヒアリング(同年11月11日〜21日)、町長査定(同年12月24日〜令和8年1月15日)の日程まで書かれています。山口県下関市のように、市長が示す「予算編成方針」とは別に、財政部長名で経費区分と要求限度額を細かく定める「予算編成要領」(令和7年9月12日通知)を出す自治体もあります。
この記事の架空の自治体であるみらい市の設定では、10月上旬に市長名の予算編成方針が通知されます。中期財政見通しには、扶助費の増加と公共施設の老朽化対策により毎年度5〜8億円程度の財源不足が続き、財政調整基金(残高約25億円)の取り崩しに頼る見込みが示されます。方針の冒頭にある市長のメッセージは、職員が「来年度は何が優先され、何が削られやすいか」を読み取る最も重要な手がかりです。
6-2一件査定方式と枠配分方式#
Q枠配分方式とは何ですか?
一件査定方式と枠配分方式とは、自治体が予算を組み立てる2つの基本的な方式です。一件査定方式は財政課が事業を1件ずつ審査して金額を決める方式で、枠配分方式は財政課が各部局に一般財源(使い道が決まっていない財源)の「枠」をあらかじめ配り、部局が枠の範囲内で自ら予算を組む方式です。
一件査定方式(いっけんさていほうしき)は、伝統的に多くの自治体で採られてきました。財政課が全事業の必要性と積算を直接確認するため、全庁的な公平性と統制を保ちやすい方式です。一方で、事業数が多いと財政課の作業量が膨大になります。また、事業課に「財政課に削られる前提で多めに要求する」という意識が生まれやすい欠点があります。
枠配分方式(わくはいぶんほうしき)は、歳入見込みから人件費・扶助費・公債費などの義務的経費を先に確保し、残りの一般財源を部局ごとに配分する方式です。宮崎県都城市は「毎年度経常的な歳入の範囲内で歳出予算を編成する」ことを基本とし、義務的経費を優先して確保したうえで部局に一般財源を配分する枠配分方式の概要を公表しています。部局の創意工夫と主体的な判断を促し、事業の組み替えが速くなる利点があります。課題は、枠の算定が前年度実績に引きずられやすいことと、部局をまたぐ課題に対応しにくいことです。
実際には、両者を組み合わせる自治体が多く見られます。山口県下関市の「令和8年度(2026年度)予算編成要領」では、主要投資事業や重点施策推進枠などの政策的経費と、人件費・扶助費・公債費などの義務的経費は一件査定です。それ以外の「部局裁量経費」は枠配分方式とし、部局内での調整を尊重すると定めています。
この記事の架空の自治体であるみらい市の設定でも、大型建設事業・新規事業・義務的経費は一件査定、各部の経常的な事務費や維持管理費は部ごとの一般財源枠の範囲で要求する併用型です。どちらの方式でも、事業課が「この事業はなぜ必要か」を説明する責任は変わりません。
6-3シーリング ― 「前年度比○%減」の意味#
Qマイナスシーリングとは何ですか?
シーリング(ceiling=天井)とは、予算要求額に設ける上限のことで、「前年度当初予算額の○%以内で要求すること」という形で示されます。上限が前年度より低いものをマイナスシーリング、前年度と同額のものをゼロシーリング(±0%)と呼びます。
シーリングの基準は、事業費の総額ではなく「一般財源ベース」で設定される例が多くあります。一般財源とは地方税や地方交付税など使い道が決まっていない財源のことです。国庫補助金などの特定財源が付く部分はシーリングの対象外とし、自治体が自由に使えるお金の伸びを抑えることに主眼が置かれます。例えば、大阪市は「令和8年度(2026年度)概算見込及び財源配分について」(令和7年9月9日)で、各所属の裁量経費を前年度と同額(1,260億円)とするゼロシーリング(±0%)を設定しました。山口県下関市の「令和8年度予算編成要領」では、枠配分の対象となる部局裁量経費の要求上限を「令和7年度当初予算における部局裁量経費の額をベースに調整を行った額の100%」とし、部局ごとの一般財源要求限度額も前年度一般財源額をベースに調整した額の100%以内としています。
マイナスシーリングの例を挙げます。ある部の経常的経費の一般財源が前年度1億円で、マイナス5%のシーリングが課されると、要求上限は9,500万円です。この部は、物価上昇や新たな需要があっても、500万円以上を既存事業の見直しで生み出さなければなりません。
シーリングは、財政課の作業を減らし、全庁一律に歳出を抑えられる点で効果的な手法です。一方で、一律削減を続けると次のような弊害が指摘されています。
- 効果の高い事業も低い事業も同じ割合で削られる
- 削りやすい維持補修費や研修費が先に減り、将来の負担が増える
- シーリングの対象外となる区分へ要求を移す動きが出る
このため近年は、シーリングで生み出した財源を重点施策の枠に回す、事務事業評価の結果に応じて削減率に差をつける、といった工夫を組み合わせる自治体が増えています。
6-4予算要求書の書き方 ― 事業目的・必要性・効果・後年度負担#
Q予算要求書には何を書けばよいですか?
予算要求書とは、事業課が財政課に「この事業にこれだけのお金が必要です」と申し出る正式な書類です。財政課は要求書と添付資料だけで事業を判断することも多いため、「担当者がいなくても事業の中身と金額の根拠が分かる」ように書くことが基本です。
多くの自治体では、予算要求は財務会計システムへの入力で行い、事業ごとの要求書(事業調書)に次の項目を記入します。
- 事業の目的と根拠:解決する課題、根拠となる法令・条例・要綱、総合計画上の位置づけ
- 事業の必要性:対象者数、住民ニーズ、他自治体の状況、実施しない場合の影響
- 事業の内容と積算:節(委託料、需用費、備品購入費など)ごとの単価・数量・算出根拠
- 財源内訳:国庫補助金・県補助金の名称と補助率、地方債、使用料、一般財源の額
- 成果目標と効果:成果指標(KPI:重要業績評価指標)と目標値、前年度の実績
- 後年度負担:翌年度以降の維持管理費、債務負担行為や継続費の有無、事業の終期
公表されている予算編成方針でも、同じ趣旨の記載が求められています。滋賀県日野町の「令和8年度(2026年度)予算編成方針」は、要求書に補助金名・補助率、数量・単価・委託内容を詳しく書くこと、前年度より経費を減らせる場合は削減効果額を書くこと、債務負担行為や継続費を伴う事業はその旨を明記することを求めています。山口県下関市の「令和8年度予算編成要領」は、施設の新設・増設では建設費(イニシャルコスト)だけでなく維持管理費(ランニングコスト)の資料を提出するよう定めています。
この記事の架空の自治体であるみらい市の設定では、新規事業・拡充事業に「事業説明シート」の添付が必須です。財政課がとくに見るのは、目的と手段がつながっているか、成果指標が測定できるか、3年後・5年後にいくら一般財源が必要になるかという後年度負担の欄です。初年度の金額が小さくても、毎年の運営費が積み上がる事業は厳しく査定されます。
6-5積算の実務 ― 単価・数量・補助率・見積書の取り方#
Q積算はどうやって行いますか?/見積書は何社必要ですか?
積算とは、予算要求額を「単価×数量」などの根拠に分解して計算することです。地方公共団体は、法令の定めに従い、合理的な基準により経費を算定して予算に計上しなければなりません(地方財政法第3条第1項)。積算はこの実務そのものです。
単価の根拠には優先順位があります。多くの自治体では、次の順で単価を決めます。
数量は、対象者数、施設数、過去の実績から根拠を示します。補助事業では、補助対象経費と補助率を補助金交付要綱で確認します。補助対象外の経費や補助単価を超える部分は一般財源の負担(いわゆる超過負担)になるため、見落とさないようにします。
見積書を何社から取るかを定めた法律はなく、各自治体の予算編成方針や事務の手引きで扱いが決まっています。実務上は、特定の1社に頼ると金額が偏り、その事業者に有利な仕様になるおそれがあるため、2〜3社程度から取って比較するよう求める自治体が多く見られます。滋賀県日野町の「令和8年度(2026年度)予算編成方針」は、参考見積を取る際は「予算編成のための参考見積りであることを相手方に明確に通知する」よう求めています。
見積書を取る際は、執行段階の契約方法との関係も意識します。予定価格が地方自治法施行令別表第5の額の範囲内で自治体の規則が定める額を超えない契約は、随意契約(入札によらない契約)ができます(地方自治法施行令第167条の2第1項第1号)。総務省「随意契約の基準額の見直しについて」によると、この別表第5の額は令和7年(2025年)4月1日施行の改正で引き上げられました。指定都市を除く市町村の上限は次のとおりです。
- 工事又は製造の請負:200万円(改正前130万円)
- 財産の買入れ:150万円(同80万円)
- 物件の借入れ:80万円(同40万円)
- 財産の売払い:50万円(同30万円)
- 物件の貸付け:30万円(変更なし)
- 委託などその他:100万円(同50万円)
都道府県と指定都市は、工事又は製造の請負400万円、その他200万円などです。実際の上限額は各自治体が規則で定めるため、適用時期や金額は自治体ごとに異なります(例:神奈川県藤沢市は令和7年6月1日から適用)。要求額がこの水準を超える事業は原則として入札になるため、参考見積の金額がそのまま契約額になるとは限りません。所属自治体の財務規則と契約事務の手引きで確認してください。
この記事の架空の自治体であるみらい市の設定では、50万円以上の委託・備品は原則2社以上の参考見積を添付し、見積の有効期限と数量の前提を要求書に明記するルールです。
6-6課内・部内調整と部長ヒアリング#
Q要求は財政課に出す前にどこで絞られますか?
課内・部内調整とは、担当者が作った予算要求を、財政課に提出する前に課と部の中で点検し、優先順位を付けて絞り込む作業です。多くの自治体では、係内・課内で積算を点検し、部内で事業の優先順位を決めてから財政課に提出します。
課内調整では、課長が事業ごとの必要性を確認します。枠配分方式の経常的経費については、部や課に割り当てられた一般財源の枠に収まっているかを確認します。枠を超える場合は、課の中で他の事業を減らすか、要求を見送るかを判断します。部内調整では、部の庶務担当課(部の予算の取りまとめ役)が各課の要求を集計し、部長や次長が新規事業・拡充事業の優先順位を決めます。この段階の部内ヒアリングを「部長ヒアリング」と呼ぶ自治体があります。
部長ヒアリングで問われるのは、「財政課に出して通る理屈になっているか」と「部全体として最も優先すべき事業はどれか」です。部の中で優先順位を付けることは、財政課の査定で削られる順番を自ら示すことでもあります。だからこそ、部として本当に守りたい事業を明確にする意味があります。
この記事の架空の自治体であるみらい市の設定では、予算要求の締切は11月中旬です。10月下旬〜11月上旬に各部で部長ヒアリングを行い、新規事業・拡充事業に部内順位を付けて提出します。財政課は部内順位の低い事業から順に査定の対象として検討するため、順位付けは部長の意思表示として重く扱われます。
6-7新人がつまずくポイント ― 「通したい要求は理屈から」#
Q初めての予算要求で注意すべき点は何ですか?
初めて予算要求を担当する職員がつまずく原因は、金額の計算よりも「なぜこの事業に税金を使うのか」という理屈の組み立てにあります。財政課を説得するのは、熱意ではなく、根拠と数字で筋道の通った説明です。
よくあるつまずきは次の4つです。
- 前年度の要求書をそのまま写し、単価や数量を見直さない。執行残(使い残し)が多い事業や流用(予算を別の科目に付け替えること)をした事業は、財政課が真っ先に確認します。
- 「住民の要望が多い」と書くだけで、件数や対象者数など客観的な数字を示さない。
- 補助金の補助率や補助対象経費を確認せず、一般財源の負担額を誤る。
- 初年度の費用だけを書き、翌年度以降の運営費や更新費を示さない。
対策として有効なのは、要求書を書く前に「目的→手段→成果指標→金額の根拠→後年度負担」を1枚のメモに整理することです。前任者の引継ぎ書類、前年度の査定結果、事務事業評価のシートを必ず確認し、過去に財政課から何を指摘されたかを把握しておくと、同じ指摘を繰り返さずに済みます。分からないことは、要求締切の前に財政課の担当者に相談しておくのが、結果的に一番の近道です。
6-8民間事業者から見た秋 ― 見積依頼が翌年度の事業を決める#
Q自治体に提案するならいつがよいですか?
民間事業者にとって、自治体の秋の参考見積の依頼は、翌年度の事業の規模と仕様がほぼ決まる重要な場面です。翌年度4月以降に入札や委託の公告が出るころには、予算額と事業の骨格はすでに議会で決まっています。
多くの自治体では予算要求の締切が11月中旬前後にあるため、事業課が見積を集める時期は10月〜11月上旬に集中します。新規の大型事業は、夏のサマーレビュー(大型事業の事前協議)や実施計画の段階で検討が始まります。新しい提案を予算に反映してもらうには、春から夏にかけて情報提供することが望ましいといえます。
参考見積を出す際は、仕様の前提(数量、期間、保守範囲など)を明記し、過大な見積にしないことが大切です。予算額を超える提案は採用されにくく、安すぎる見積は執行段階で事業が成り立たないおそれがあります。参考見積を出したことは、その後の入札や随意契約での受注を約束するものではありません。公正な競争を前提に、自治体の課題に即した情報を提供する姿勢が信頼につながります。
参考資料・出典
- 地方財政法(第3条 予算の編成):e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000109
- 地方自治法施行令(第167条の2、別表第5):e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/322CO0000000016
- 総務省「随意契約の基準額の見直しについて」(令和7年4月1日施行) https://www.soumu.go.jp/main_content/001026062.pdf
- 藤沢市「少額随意契約の基準額の引上げについて」(令和7年6月1日適用) https://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/keiyaku/shogakuzuikei.html
- 日野町(滋賀県)「令和8年度予算編成方針」 https://www.town.shiga-hino.lg.jp/cmsfiles/contents/0000008/8534/R8housinn.pdf
- 下関市「令和8年度予算編成要領」(令和7年9月12日 下財第726号) https://www.city.shimonoseki.lg.jp/uploaded/attachment/90379.pdf
- 大阪市「令和8年度概算見込及び財源配分について」(令和7年9月9日 戦略会議資料) https://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/cmsfiles/contents/0000661/661397/R8gaisan.pdf
- 都城市「枠配分方式による予算編成の概要を公表します」 https://www.city.miyakonojo.miyazaki.jp/soshiki/19/4821.html
- 総務省「令和8年度の地方財政の課題(案)」(令和7年8月) https://www.soumu.go.jp/main_content/001032987.pdf
法令はe-Gov法令検索の現行条文、統計は総務省等の公表資料(基準時点は本文に記載)によります。