第10章予算をめぐる自治体のリアル
使い切り予算はなぜなくならない?前年踏襲と自治体財政の課題
自治体予算の実態をわかりやすく解説。前年踏襲と年度末の使い切り予算がなくならない理由、財政課と事業課の関係、人口減少・物価高・人件費上昇の財政への影響、小規模自治体の財政課、補助金頼みの構造、異動による予算ノウハウの断絶がわかります。
この章の要点
- 10-1前年踏襲と使い切り予算は、会計年度独立の原則(地方自治法第208条・第220条第3項)と「余らせると削られる」という経験則から生まれ、節約した職員が損をしない運用が改善の鍵です。
- 10-2財政課は限られた財源を配分する責任を負っており、事業課との関係は対立ではなく「何に、いくら使うか」を一緒に決める役割分担です。
- 10-3人口減少(令和7年国勢調査速報で2025年10月1日現在の総人口約1億2,305万人、5年間で約310万人減)による収入の伸び悩みと、物価高騰・人事院勧告(令和8年は月例給3.51%引上げ、令和7年の3.62%に続き2年連続で3%台)・会計年度任用職員(令和7年4月1日時点で約68.7万人)の処遇改善による歳出増が、自治体財政を両面から圧迫しています。
- 10-4人口1万人未満の市町村は約530団体(約3割)あり、総務課の財政係2〜3人で予算を回す例も見られ、1人に知識が集中しない体制づくりが欠かせません。
- 10-5地方創生関係の交付金は2年ほどで「デジタル田園都市国家構想交付金」から「地域未来交付金」へ再編されており、補助終了後の一般財源負担まで見通した要求が必要です。
- 10-6年1回のサイクルと3〜4年ごとの異動で予算のノウハウは断絶しやすく、査定調書への論点の記録と要求額・査定額・決算額の一覧化が対策になります。
10-1前年踏襲主義と「使い切り予算」はなぜなくならないのか#
Qなぜ年度末に予算を使い切ろうとするのか?
前年踏襲主義と「使い切り予算」とは、予算要求を前年度の額の増減だけで組み立てる慣行と、年度末に残った予算を使い切ろうとする行動のことで、会計年度の制度と職員の評価の仕組みの両方から生まれます。
制度面の原因は、会計年度独立の原則です。普通地方公共団体の会計年度は毎年4月1日に始まり翌年3月31日に終わり、各年度の歳出はその年度の歳入で充てなければなりません(地方自治法第208条第1項・第2項)。繰越明許費と事故繰越(年度内に支出負担行為をし、避けがたい事故で支出が終わらなかった経費)を除き、歳出予算の経費は翌年度に使用できません(同法第220条第3項)。使わなかった予算は「不用額」として決算に表れ、いったん一般財源に戻ります。
心理面の原因は、職員の経験則です。多くの自治体では、次の3つが重なって「前年どおり」が最も通りやすい要求になります。
- 不用額が大きい事業は「過大に要求していた」と見なされ、翌年度の査定で減額されやすいことです。
- 事業課の担当者に「余らせると来年削られる」という経験則が働き、年度末に消耗品や備品の購入を急ぐことです。
- 前年度の予算額を出発点に増減だけを議論する方が、財政課にも事業課にも説明が楽なことです。
ただし、不用額そのものは悪ではありません。入札で契約額が下がった、事業を工夫して経費を節約した、という理由の不用額は、むしろ評価されるべき成果です。地方公共団体は、決算上の剰余金の2分の1以上を、剰余金が生じた翌々年度までに基金への積立てか地方債の繰上償還に充てなければなりません(地方財政法第7条第1項)。節約したお金は、将来の財源として生かされる仕組みです。
この記事の架空の自治体であるみらい市の設定では、財政課が予算編成方針に「執行段階の節減による不用額は、翌年度査定で機械的に減額しない」と明記し、節減の理由を決算時に報告させています。前年踏襲を崩すには、事務事業評価(前年度事業の成果を点検する仕組み)の結果を査定に結び付けて「なぜその金額が必要か」をゼロから説明させる仕組みと、節約した職員が損をしない仕組みの両方が必要です。不用額の扱いは自治体ごとに異なるため、所属自治体の予算編成方針で確認してください。
10-2財政課と事業課 ― 対立ではなく役割分担#
Q財政課はなぜ厳しいのか?
財政課とは、全ての部局から集まった予算要求を歳入の見込額と突き合わせ、収支を均衡させる責任を負う部署であり、要求に厳しいのは事業課を困らせるためではなく、自治体全体の限られた財源を配分する役割を担っているからです。
事業課(予算を要求する側の課)は、福祉・教育・道路など担当分野の住民ニーズを最もよく知る立場にあり、「この事業が必要だ」と主張するのが役割です。一方、多くの自治体では、予算要求の合計額が歳入見込みを大きく上回るのが普通です。財政課は誰かの要求を削らなければ予算を組めません。
この記事の架空の自治体であるみらい市の設定(人口約5万人、一般会計当初予算約230億円)では、財政課は課長以下9人で、そのうち予算査定担当の主査・主任5人が、正規職員約450人の組織から出された要求を手分けして読み込みます。査定担当1人が数十の事業を受け持つため、要求書に書かれた根拠が不十分な事業ほど厳しく見られます。財政課が「厳しい」と感じられる理由の多くは、要求の段階で必要性や積算根拠が十分に説明されていないことにあります。
両者の関係を良くするポイントは3つあります。
- 事業課は、夏の事前協議(大型事業について財政課と早めに情報共有する場)の段階から財政課に相談することです。
- 財政課は、査定結果の理由を事業課に丁寧に伝え、「なぜ削ったか」を説明することです。
- 決算や事務事業評価の場で事業の成果を共有し、翌年度の議論の材料にすることです。
財政課と事業課は、同じ住民のために「何に、いくら使うか」を一緒に決める役割分担の関係にあると理解するのが現実的です。
10-3人口減少・物価高騰・人件費上昇が予算に与える影響#
Qこれから自治体の財政はどうなるのか?
これからの自治体財政は、人口減少で税収の伸びが期待しにくい一方、物価高騰と人件費の上昇で歳出が膨らむという、収支の両面から圧力を受ける状況にあります。以下は令和8年(2026年)10月時点の公表データです。
人口減少は、歳入の土台を細らせます。総務省統計局「令和7年国勢調査 人口速報集計」(令和8年5月29日公表)によると、2025年(令和7年)10月1日現在の総人口は約1億2,305万人で、2020年(令和2年)から約310万人(2.5%)減りました。同局「人口推計」の2026年(令和8年)9月1日現在(概算値)でも、総人口は約1億2,265万人で、前年同月より約54万人(0.44%)減っています。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」の出生中位・死亡中位仮定では、2070年(令和52年)に約8,700万人まで減る見込みです。人口が減ると住民税や地方交付税の算定基礎が縮小しますが、道路や施設の固定的な費用はすぐには減らず、住民1人当たりの負担が重くなります。
物価高騰は、同じ事業を前年と同じ予算では実施できない状況を生みます。ごみ収集や学校給食、施設管理の委託料、工事費、光熱費が上がっているためです。総務省「令和8年度地方財政計画の概要」(令和8年2月)によると、令和8年度(2026年度)の地方財政計画では、委託料・維持補修費・投資的経費などの物価高対応として5,850億円が増額計上され、普通交付税の算定費目「地域の元気創造事業費」に「価格転嫁分」(1,000億円程度)が新設されました。
人件費の上昇も大きな要因です。人事院「本年の給与勧告のポイントと給与勧告の仕組み」(令和8年8月)によると、令和8年(2026年)8月7日の人事院勧告は、月例給を官民較差の15,056円(3.51%)分引き上げ、ボーナスを年間4.65月分から4.70月分にする内容でした。前年の令和7年勧告(月例給15,014円(3.62%)引上げ、ボーナス4.60月分から4.65月分)に続き、2年連続で3%台の引上げです。多くの自治体でも、人事委員会勧告や国の改定に準じて同水準の改定を行う例が一般的です。また、総務省「令和7年度会計年度任用職員制度の施行状況等に関する調査結果(任用件数等)」によると、令和7年(2025年)4月1日時点の会計年度任用職員(1会計年度を任期とする非常勤の職員)は約68.7万人で、約9割がパートタイムです。令和6年度(2024年度)から勤勉手当の支給が可能になり、令和8年度地方財政計画では会計年度任用職員の給与等が一般行政経費から給与関係経費に移し替えられました(総務省「令和8年度地方財政計画の概要」)。
国は、総務省「令和8年度地方財政対策のポイント」(令和7年12月26日)のとおり、令和8年度の地方の一般財源総額(交付団体ベース)を67.5兆円(前年度比+3.7兆円)確保しました。ただし、これは全国の総額であり、個々の自治体で人件費の上昇分がそのまま手当てされるとは限りません。この記事の架空の自治体であるみらい市の設定(正規職員約450人、人件費約38億円、経常収支比率約93%)をもとにこの記事で試算すると、給与が3%上がれば人件費は年間1億円程度増え、経常収支比率(経常的な収入に対する経常的な支出の割合)をさらに押し上げます。
10-4小規模自治体の財政課 ― 数人で回す現実#
Q小さな町村の予算編成はどう違うのか?
小規模自治体の財政担当とは、人口規模の小さな町村で予算編成を少人数で担う職員のことで、財政業務を他の業務と兼ねながら進めるのが一般的です。
全国の市町村のうち、人口1万人未満の団体は約530団体で、全体の約3割を占めます(総務省統計局「令和2年国勢調査結果」をもとにOKB総研が作成した「人口規模別市町村数」による。市町村数1,719、東京都特別区部は1市として計算)。こうした町村の多くでは、財政課ではなく総務課の中に「財政係」が置かれます。係長以下2〜3人程度で、予算・決算・地方債・地方交付税の算定・財政状況の公表までを担当する例が見られます。この記事の架空の自治体であるみらい市の設定(人口約5万人)では財政課9人(うち予算査定担当5人)で分担している業務を、数人で回していることになります。
小規模自治体の予算編成には、次の3つの特徴があります。
- 予算規模が小さく事業数も限られるため、財政担当が全事業の中身を把握しやすく、要求課との距離が近いことです。課長や首長との調整も短期間で済む場合があります。
- 歳入に占める地方交付税や国・都道府県の補助金の割合が高い団体が多く、国の地方財政対策や補助制度の変更が予算全体に与える影響が大きいことです。
- 担当者が1人欠けると業務が止まりかねないことです。異動や休職で経験者がいなくなると、地方交付税の算定や地方債の手続を知る人がいなくなる危険があります。
こうした課題に対し、都道府県の市町村担当課による助言や研修、近隣団体との情報交換、財務会計システムの共同利用で補っている例があります。総務省が令和7年(2025年)12月16日に公表した「自治体におけるAI活用・導入ガイドブック<導入手順編>(第4版)」でも、生成AI導入の課題として人材不足が挙げられ、小規模自治体の取組事例が示されています。少人数の職場ほど、業務手順書やチェックリストを整え、1人に知識が集中しない体制を作ることが重要です。
10-5補助金頼みの事業構造と国の制度変更#
Q国の補助金がなくなったら事業はどうなるか?
補助金頼みの事業構造とは、国庫支出金や国の交付金を財源とする事業に依存した状態のことで、自治体の負担が少なく実施しやすい一方、国の制度が変わると財源が失われ、事業の継続が難しくなるリスクを抱えています。
補助率が2分の1や3分の2の事業であれば、自治体は残りの負担だけで事業を実施できます。そのため、多くの自治体では補助金の付く事業が査定で優先されやすく、「補助金があるからやる」という判断が生まれがちです。しかし、補助金や交付金の多くは、期限や対象が国の予算ごとに見直されます。
近年の例が、地方創生関係の交付金です。内閣府地方創生推進事務局の資料「地域未来交付金について」(令和8年7月)などによると、「デジタル田園都市国家構想交付金」は令和6年度(2024年度)補正予算から「新しい地方経済・生活環境創生交付金」に再編され(令和6年度補正1,000億円、令和7年度当初2,000億円)、さらに令和7年度(2025年度)補正予算で「地域未来交付金」が創設されました(令和7年度補正1,000億円、令和8年度当初予算1,600億円)。わずか2年ほどの間に名称と制度が変わっており、自治体は申請要件や対象経費をそのたびに確認し直す必要があります。物価高騰対策などの臨時交付金も、国の補正予算の有無によって年度ごとに金額が変わります。
補助金頼みの構造には、次の3つの危険があります。
- 補助期間が終わった後も事業を続ける場合、全額が一般財源の負担になることです。
- 補助金で整備した施設の維持管理費や更新費は、通常は補助対象にならず、後年度の負担になることです。
- 補助要件に合わせて事業内容を決めるため、地域の実情と合わない事業になるおそれがあることです。
この記事の架空の自治体であるみらい市の設定では、補助金を財源とする新規事業の予算要求書に「補助終了後の事業継続の要否と、その場合の一般財源負担額」の記載を求めています。補助金は有効な財源ですが、補助がなくなった後の姿まで見通して判断することが、持続可能な予算づくりの条件です。個別の交付金の要件は年度ごとに変わるため、最新の交付要綱で確認してください。
10-6予算期の働き方と異動による知識の断絶#
Q予算業務のノウハウはなぜ蓄積されにくいのか?
予算業務のノウハウが蓄積されにくい理由は、業務が年1回のサイクルで回ることと、職員が数年ごとに異動する人事慣行が重なるためです。
予算業務は、10月の予算編成方針の通知から翌年3月の議決まで、約半年にわたって続きます。この記事の架空の自治体であるみらい市の標準日程では、財政課に次の締切が続きます。
- 11月下旬〜12月中旬:財政課ヒアリング
- 12月下旬:政府予算案と地方財政対策(国が地方全体の財源を保障する枠組み)を受けた歳入の見直し
- 12月下旬〜1月上旬:財政課長査定、1月中旬:部長査定、1月下旬:市長査定
- 2月上旬:内示と予算書の印刷
多くの自治体で、この時期の財政課は時間外勤務が長くなる傾向があり、年末年始も作業が続くことがあります。日程は自治体により異なります。
一方で、多くの自治体では職員が3〜4年程度で異動します。予算要求は1年に1回しか経験しないため、事業課の担当者は2〜3回経験したところで異動し、後任はまた一から学ぶことになります。財政課でも、査定担当が数年で入れ替わると、過去の査定でどのような議論があり、なぜその金額になったのかという経緯が引き継がれにくくなります。予算書には結果の金額は残っても、判断の理由は残りにくいのです。
知識の断絶を防ぐには、次の3つの工夫が有効です。
- 予算要求書や査定調書(査定の経過と結果を記録する書類)に「積算の根拠」と「査定で議論した論点」を残すことです。
- 事業ごとに過去数年分の要求額・査定額・決算額を一覧にし、後任者が経緯を追えるようにすることです。
- 課内で予算要求の勉強会を開き、経験者の暗黙知を共有することです。
みらい市(この記事の架空例)では、財政課が査定時のメモを事業別のファイルに整理し、翌年度の担当者が参照できるようにしています。こうした記録は、将来、文書検索や生成AIで過去の経緯を調べる際の基礎データにもなります。働き方の負担を減らし、知識を組織に残すことは、予算の質を保つための重要な条件です。
参考資料・出典
- 地方自治法(第208条、第220条)e-Gov法令検索:https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000067
- 地方財政法(第7条)e-Gov法令検索:https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000109
- 総務省統計局「令和7年国勢調査 人口速報集計 結果の要約」(令和8年5月29日):https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2025/kekka/pdf/summary.pdf
- 総務省統計局「人口推計(2026年(令和8年)9月1日現在(概算値))」:https://www.stat.go.jp/data/jinsui/pdf/202609.pdf
- 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」:https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp_zenkoku2023.asp
- 総務省「令和8年度地方財政計画の概要」(令和8年2月):https://www.soumu.go.jp/main_content/001070732.pdf
- 総務省「令和8年度地方財政対策のポイント」(令和7年12月26日):https://www.soumu.go.jp/main_content/001048684.pdf
- 人事院「本年の給与勧告のポイントと給与勧告の仕組み」(令和8年8月):https://www.jinji.go.jp/content/000017812.pdf
- 人事院「本年の給与勧告のポイントと給与勧告の仕組み」(令和7年8月):https://www.jinji.go.jp/content/000012986.pdf
- 総務省「令和7年度会計年度任用職員制度の施行状況等に関する調査結果(任用件数等)」:https://www.soumu.go.jp/main_content/001048564.pdf
- 総務省報道資料「『自治体におけるAI活用・導入ガイドブック<導入手順編>(第4版)』の公表」(令和7年12月16日):https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei04_02000155.html
- 内閣官房地域未来戦略本部事務局・内閣府地方創生推進事務局「地域未来交付金について」(令和8年7月):https://www.chisou.go.jp/sousei/meeting/tihousousei_setumeikai/pdf/r08-07-22-shiryou4.pdf
- 内閣府「令和7年度補正予算(案)の概要」(令和7年11月):https://www.cao.go.jp/yosan/soshiki/r07/yosan_r7_hosei.pdf
- OKB総研「人口規模別市町村数」(総務省統計局「令和2年国勢調査結果」より作成、2022年7月):https://www.okb-kri.jp/wp-content/uploads/2022/07/186-research.pdf
法令はe-Gov法令検索の現行条文、統計は総務省等の公表資料(基準時点は本文に記載)によります。